2019年1月23日水曜日

汚い実家

私の実家は遠方です。子どもが生まれてからは年に一度くらいしか帰省していません。

母は、家事が好きな人ではありませんでした。そして、物が捨てられない人です。数十年前に受け取った結婚式の引出物を保管して、子どもたちに送ってくることもあります。

極めつけは、以前住んでいた家をまだ処分していないこと。

両親は、数年前に別の土地を購入し、新築の家を建てました。

しかし、旧宅の方はまだ処分していないのです。屋内に残っている荷物の片付けが終わっていないという理由で。

物を大切にしたいという気持ちはわかります。しかし、残ったものは、普段使わないもの。ガラクタばかり。むしろ、固定資産税の支払いのほうがもったいないです。

東京オリンピックが終わったら、東京ですら住宅余りが予想されます。いわんや、地方の中古住宅をや。

そして、新居の方もだんだんとガラクタが集まって「オヤシキ」になりつつあります。

兄弟の間では、たまに話題に上ります。しかし、親に断捨離を促すことは諦めています。

同居していた頃、母は長女の私に厳しく、私が何か意に沿わないことを指摘するとヒステリックに怒る人でした。叩かれたり蹴られたこともありました。

独立して離れることで、ようやく良い関係になったと感じていました。

しかし、第一子が生まれてから、幼い頃の母の厳しいしつけがフラッシュバックして、つらい気持ちになります。

母のようにはなるまいという一心で、心理学、コーチング、子育て、アンガーマネジメントなどの講座、セミナーを受講したり、書籍を読み漁っています。しかし、ふとした瞬間に娘に声を荒げて叱ってしまう自分がいて、その口調が母に似ている気がして、ゾッとします。

いろいろ勉強して怒るのはよくないと知っているので、怒るのは、危ないこと、汚いことをした時だけで、その場で一言、二言ガツンと言うだけにしています。まだ娘に暴力を振るったことはありませんし、絶対にそれだけはやらないと決めています。(暴力は絶対にダメです。)

でも、そうやって意識してないと自分の怒りの感情をコントロールできないというのがそもそも嫌です。

結局、自分自身がまだ幼少期の葛藤、トラウマを克服できていないので、実家に近寄りたくないのです。


そして、片付けするように促すことは、母の心の琴線に触れることだと薄々感じております。家事が苦手な人だったので、指摘されることを嫌う筈です。断捨離なぞ持ち出そうものなら、子どもの頃のように諍いになるかもしれません。

そもそも、散らかった部屋に子どもを連れていくのも嫌です。

喧嘩してばかりの両親

幼心に父と母がいつも喧嘩をしていた記憶があります。


父は母が結婚前に貯めていた貯金にまで手を出して株を購入しました。その後バブルがはじけ、持ち株は一気に下落。結局一千万円円程度溶かしてしまったようです。

母はいつもそのことを根に持って事あるごとに父に文句を言っていました。

「稼ぎが悪い」と言ったり。



母が興奮してヒステリックに叫び、「離婚してやる」と言ったり「死んでやる」と言っていた記憶もあります。

育児書を見ると子供の前で親が激しい喧嘩をすることも虐待にあたるそうです。まさに私もこのケースだったなぁと思います。幼心に喧嘩する両親が怖くて怖くて仕方がありませんでした。

2019年1月22日火曜日

私の感じる生きづらさ

小さな頃から生きづらさを感じてきました。

母はケチでした。幼稚園は公立の抽選に落ちたので渋々私立へ。

母は小学生の私に友達と外で遊んではいけないと言いました。妹に対してはそのようなコントロールはありませんでした。当然私は外で一緒に遊ぶ友達も少なくて寂しい思いをしていました。

中学生になった時は友達がほとんどできず、人との距離感をつかめず毎日が灰色でした。

高校受験で地元の進学校に進学することができました。

高校では友人もたくさんできて楽しく過ごしました。とはいっても今で言うスクールカーストで言えば底辺の方だったに違いないですが。

大学進学は本当は実家を離れた大学に進みたかったのですが親から資金援助できないと言われ泣く泣く地元の大学に進学しました。

大学在学中にとある資格試験に合格しました。そして就職をきっかけに地元を離れました。

実際に仕事について見てなかったのですが、私はそもそも社会人としてのスキルがなかったので新人の頃はとても苦労しました。基本的なほうれんそうもできず上司には怒られました。

そしてよく感情的になって自分の発言をコントロールできないことがありました。

家庭でも主人に対して感情のおもむくままに怒ってしまうことがよくあります。

振り返ってみれば母の話し方にそっくりなのです。

あれほど嫌悪感を感じていた母にだんだん似てきている自分にぞっとします。

孫の名付けに文句を言う親

いよいよ実家と距離をおくことにしました。

第二子が生まれる際、主人と二人で子どもの名前をいろいろ考えていました。実家に候補を伝えたところ、妹の子供と一部読みが被ると言うことで、絶対つけてくれるなと文句を言われました。

候補となる名前については数ヶ月前から伝えていたにもかかわらず、クレームを伝えられれたのは出産の数日前でした。そして別の名前を提案してきたのです。さすがに頭にきました。


そうはいってもケチがついた名前を我が子につけるのは嫌でした。そのため、主人ともう一度候補を考え直しました。主人も不愉快そうでした。出産直前でストレスを感じてつくづく親が嫌になりました。

今回のことをきっかけに、やはり私の両親は毒親傾向がある、ということがよくわかりました。親とは距離をおきたいと思います。

今後親に介護が必要になったとしても、私は面倒を見たくありません。妹夫婦に任せたいです。

そもそも私の出産時から育児に至るまで、両親は全くサポートしましたてくれませんでした。

一方で、妹夫婦は子供の面倒もちょくちょく親に頼んでいるようです。であれば妹夫婦の方で両親の面倒を見てもらうのが筋だと思います。

妹との待遇の違い


幼い頃から母に甘えた記憶はありません。幼い頃の記憶で覚えているのは、妹が母に抱っこしてもらって甘えているところ、私はぼんやりとするを眺めて羨ましいなぁと思っていると言う状況でした。

妹との待遇の違いをいつも感じていました。妹は学校で使う教材もきちんと買ってもらっていました。私は母がどこからか安く手に入れたもの持たされていました。服装も青など可愛らしくないものばかり着せられていました。妹はピンクなどの女の子らしいお洋服を着せてもらっていました。

自分が親になってみて上の子可愛くない症候群と言うものがあることを知りました。まさに私のほうも上の子可愛くない症候群だったのでしょうね。

しつけと言う名の虐待

私の母は私に対してはとても厳しかったです。

同居していた頃、叩いたり蹴ったりしてしつけられました。私は3歳年下の妹がいますが、母は妹に手をあげる事は決してありませんでした。

誰も助けてくれませんでした。小学生の時に家庭訪問前のアンケートで「お母さんは怒ると怖い、叩いたり蹴ったりする」と書いたのです。

母は怒り狂い私を叩いたり蹴ったりしました。そして家庭訪問に来た先生にはこの子ったら大げさに書いてすみませんねぇなどといったのです。

学校の先生も助けてはくれませんでした。

母のこと

私の母は地方出身です。

母の年代にしては珍しく国立大学を卒業しています。そのせいかアイデンティティーの大半が国立大学卒業と言うところに寄りかかっています。

学歴志向が強いです。

国立大学卒業したとは言え、母は就職はうまくいかなかったようです。大学卒業後、実家に戻り、祖母の見つけてきたバイト先で働きます。

仕事内容は雑用。トイレ掃除、お茶くみなど。高学歴の母ねは耐えがたいものだったようです。

一年足らずで辞めました。

そしてお見合いで出会った父と結婚した後は職にはつきませんでした。

母は自分が思うように就職できなかったことを悔いていたようです。子供たちには手に職をつけるよう幼い頃から口酸っぱく繰り返しました。そして勉強するよう強くしつけました。



お道具箱すら購入してくれなかった母親

小学校入学した頃お道具箱と言うもの皆さん購入しますよね。私の母は学校の指定のお道具箱購入せず、海苔の缶にその辺で買ってきたりもらってきた文房具を適当に詰めたものを持たせました。周りの子たちが可愛らしい道具箱を持っているのにとても恥ずかしかったです。

家事が嫌いだった母親

私の母は家事がそれほど好きではありません。


茶碗を洗うのが嫌いなようで、食器にビニールやサランラップを巻いてその上にご飯やおかずを持っていました。

料理は大抵何かを炒めただけで美味しくなかったです。

年にいちど帰省しますが、手料理を振る舞ってくれた事は1度もありません。朝はパン屋のパン、夜はスーパーのお弁当買ってくるか、どこかに外食しに行く位です。せっかくの新築の家でしたが、きちんと清掃していないため、浴室はすでにカビが生えています。きちんと家のメンテナンスをしないせいか、だんだんとみすぼらしくなってきたような気がします。

乳幼児を連れての実家への帰省はためらってしまいます。こんな汚いところに連れて帰って風邪をひいたりアレルギーになったら心配ですからね。

主人のお母さんはとても働き者です。料理が上手ですし、家も築30年となりますがきちんと手入れが行き届いていて清潔感があります。とは言え歳をとってきてから物を捨てられなくなってきたのかものはごちゃごちゃとありますけど。

感謝すれど

誤解のないよう付記しますが、もちろん、両親には、育ててくれて、学費も出してくれて、感謝しています。今の自分があるのは、親のおかげです。だからこそ、余計な波風が立つことは私からはやりたくない。

ちなみに、主人の実家とは特に紛争もありませんが、やはり物が多い家です。煙草の吸い殻の入った灰皿やライターがそこかしこに転がっており、子どもを連れて行くには危険を感じます。

昭和世代の親って、こういう片づけられない人が多いのでしょうか?

根本的に、親の人生は親のもの。親の物の行き先を決めるのは親です。

縁あって親子関係になりましたが、子どもでも親の人生に口出す権利はありません。

最近ではそうやって割り切っています。